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2018.12.22

きれいごとでは済まされない

「キレイ事を言わない介護士だけ読んでください」そんなタイトルのAmazonレビューに惹かれて手に取った本。結論から言えば、正解だった。人間の暗部をかき集めて組み立てたようなストーリーにはハッピーエンドのかけらもなく、爽やかな読後感とは無縁だが、ある種の感動をもって胸に迫ってくる作品だった。

老人ホームで働く介護士の若い青年を主人公とする本作のテーマは「高齢者虐待問題」。老人ホームで立て続けに起こった入居者の不審死の真相解明に向かって、物語は進んでゆく。

事件なのか、事故なのか――。読者が推理を試みるミステリ小説としても読めるのだが、そういった枠に収まるような話ではない。硬派なテーマを受け入れやすくするための娯楽要素なのかもしれないが、それは物語のおまけでしかないと思えるほど、作品に散りばめられたメッセージは力強さと深さをたたえている。

2025年問題に代表されるように、法の整備や対策が不十分なまま超高齢社会へと突き進む、のっぴきならない日本社会への問題提起でもあるのだろう。作品内では、きれいごとが通用しない、根深い問題を抱えた介護現場の現状が語られるのだが、その社会問題に映り込む「人間の矛盾や欺瞞」こそ隠されたメインテーマだと思う。底の浅いヒューマニズムや薄っぺらな理想主義では、「人間が人間であることのどうしようもなさ」になど太刀打ちできないのだ。

・「困っている人を見るのが一番つらい」と感じる、純粋で傷つきやすい21歳の青年介護士。
・「長生きはむごい」「苦しむ老人にとって、死はある意味で救い」などと長生きの負の側面を強調するベテラン医師。
・「高齢者の虐待」をテーマとし、「生命の尊厳」を主張する正義感の強いルポライター。
・いわゆるメディア・スクラムで、容疑者を寄ってたかって攻撃する報道機関。

泣く子も黙る「善」の圧力に歪む現代社会の構造をあぶり出す、すばらしい配役だと思う。

生きていてもいいことなんかない、つらいばかりだから早く楽になりたいと本気で死を望む老人たちは、人為的に早く死なせてあげた方がいいんじゃないか。「心優しさ」ゆえに葛藤する青年を、明快な論理でもって説得できる人はいるだろうか。

「現実を直視し続ける強さ、闇を闇として怖れもなく見つめられる「知的強靭さ」こそ、豊かな国日本に生きる人々に欠けているものだ」と、ベテラン医師は青年介護士に言う。個々のエゴにもとづいた善悪や是非で物事を判断し、「かわいそう」「残酷だ」といった一時の感情に引っ張られている限り皮肉にも「残酷さ」を増してゆく現実に、私たちは蝕まれているのかもしれない。

物語は、事件の真相がはっきりと明かされないまま、幕を閉じる。その終わり方に消化不良を感じなくもないが、それこそが本作の醍醐味なのだろう。ラスト1ページに、著者の言いたいことが詰まっている気がした。おすすめです。

『介護士K』久坂部羊