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2020.1.18

アイヌ語の「イランカラプテ」はどういう意味か?「ほんとうのこと」は知らなくてもいい

カウンセリングって、イメージの仕事なんです。相談者の人たちは自分のイメージをカウンセラーに重ね合わせるので、こちらはあまり自分について明かさないでおくこと、なんとなくぼやかしておくことを大事にしています

大学の学生相談室でカウンセラーとして働く女性から、そんな話を聞いたことがある。実際に「先生みたいに一生独身で、仕事をがんばろうという決意ができた」と話す失恋明けの女子学生もいれば、「先生みたいに、別の土地から嫁いできて男の子をふたり育てている人がいるんだからがんばろうと思います」と話す保護者もいるなど、人それぞれの見方があるという。

見たいように見て、聞きたいように聞き、信じたいように信じる。現実の中に虚構を持ち込むことは、自分を現実に慣らしていくためのプロセスでもあるのだと思った。生きるエネルギーが弱まっている人に事実を知らせるのは、その人が前を向こうとする意思の芽を摘むようなものなのかもしれない。「ほんとうのこと」は知らない方がいいときがあるのだ。

ところで、「こんにちは」に近い意味を持つアイヌ語の「イランカラプテ」という挨拶には、「あなたの心に触れさせていただきます」という意味がある。

はじめてこの話を聞いたときは、なんとロマンチックな、と感じ入ったものだが、どうやら言語学の観点から見ると正確ではないらしい。どうやら、アイヌ民族として初の国会議員を務めた萱野茂による独自解釈なのだという。東京都が作ったリーフレットには、この意味が記されていないのもそのせいだろう。

が、どうせなら「ほんとうのこと」を知ったうえでも、「ほんとうではないこと」を信じていようと思った。というより、「ほんとうではないこと」を信じる自由があることを喜ぶべきなのだろう。あちこちで「成立しない伝言ゲーム」が行われているおかげで、世界はまわっているのかもしれない。

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