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2020.3.7

ファインプレーは、見えないところに

「ライターの仕事は、他人の知られざるファインプレーを発掘して世に出すこと」だと聞いて、なるほどと思ったことがある。

ここからは僕の解釈だが、一般的にファインプレーは、スポーツニュースなどで取り上げられる美しい技や華麗な技を指す。

そのことに異論はないのだけれど、野球を例に挙げれば、「A選手が打球の方向を予測して守備位置を変えた結果、打球が目の前に飛んできて、それを難なくさばいた」場合も、ファインプレーと呼べるのではないか。確実に言えるのは、その“ファインプレー”は一見しただけでは素晴らしさがわからないために、平凡なプレーとして見過ごしてしまう可能性が高いということだ。

そう考えると、平凡なそのプレーにも多くの“ファインプレー”が隠れていることに気づけるかもしれない。

膨大なデータから傾向を分析し、確度の高い予測ができるスコアラーのアドバイスをA選手が参考にしていたら。
コーチの励ましにより、A選手が溌剌とプレーできるようになっていたら。
「考えてプレーする」ことを、A選手が幼い頃に父から叩き込まれていたら……。

いずれにしても、「◯◯だから、◯◯になった」というわかりやすい因果論では片付けられないところに、物事のおもしろさがある。みんなが目を向けていないところに目を向けて、みんなが気づいていないことに気づく。人の心に届く言葉の源となるのは「見えないものを見通す力」ではないか、と現時点では思っている。

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