体験談

ストーリーを制作させていただいた方々の感想、体験談を掲載しています。

古市邦人さん

NPO法人事務局長・30代

まず、自分のことを知ってもらう自己紹介記事として役立っています。例えば職員の採用面接を担当する際、自分のチームメイトとなる予定の応募者には事前に僕のインタビュー記事を読んできてもらうように伝えていました。

「人生」について語るこのインタビューでは、着地点が見えないというか、考えながら話す感じでした。たとえば、自分が関わっているプロジェクトについてインタビューを受けるときは、事前にある程度答えを用意しておくことが多いので、すこし違った感覚でした。

そんな過程を経てできた記事には書き手の主観が挟まっておらず、会話文も地の文も僕が話した言葉を脚色、加工することなくまとめられているという印象を受けました。だからといって無秩序に羅列されているわけではなく、物語として構成されていることもあって、自分自身を客観的に見ることができたのかもしれません。

何はともあれ、インタビューを受けて一番大きかったのは、これまで自分が歩んできた人生の根幹にある想いや考えを集約しているようなシンプルな一言が見つかったことです。

具体的には自分が口にした「1があれば、2があると信じられるようになる」という言葉なのですが、これからどういう活動をやるにしても、この言葉は自分自身のコンセプトとして、変わることなく在り続けるような気がしています。

※ 2016年10月、本人インタビューより筆者構成

米倉隼志さん

自由業・20代

・初心を思い出せる。時間が経ってから(取材後1年半経過)読み返したとき、自分の軸がブレていなかどうか確認できる。

・気持ちが沈んだり、失速したりしたときとかに読むと、取材してもらった当時の熱い気持ちがよみがえってくる。

・単に経歴を羅列するだけでなく、根っこにある思いとか転機を含めつつストーリーとして構成してくれているから、自分がどういう人間か人に伝えたい時に便利。詳しいプロフィールみたいな感じ。分量としても、長すぎず短すぎずちょうどいい。

※ 本人インタビューより筆者構成

男性

20代後半

「この会社で何をやりたいのか?」

新卒で就職してから4年。上司からのそんな問いかけに答えられない自分が残念だったんです。上司の好意もフイにするわけだし、「やりたいことを持ったほうがいい。仕事が楽しくないのは、見てたらわかるから」というニュアンスのことは以前から言われていましたしね。

このままだとまずい。輝きを失ってしまっている。そう気づいて、やりたいこと探しを始めたときに思い浮かんだのが、中学、高校の同級生でもある中道さん。しばらく会っていなかったのですが、彼が自分史がらみの仕事をしているということは頭の片隅に残っていたようです。

インタビューでは、もともと知り合いだったことも大きいでしょうが、こちらの話の概要を把握して端的に言い換える国語力や内省を促す質問力にも助けられ、潜在していた記憶がどんどん掘り起こされていくとともに「自分に対する理解」がとても深まりました。

インタビューを終えて、『ハーバードの自分を知る技術』を参考にしながら、自身の記憶を幼稚園時代から順に書き出していったところ、思い出せるものはそれなりに喜怒哀楽が伴っていること、こじつけなのかもしれないけれど、自分の性格の由来となっている場面が多々あることに気づいたんです。

その自分史を見れば人生の充実度が一目瞭然。ピークとなる小学校時代をさかいに、高校、大学と大人になっていくにつれて、感情を伴った記憶は減っていく。社会人になってからの4年間に至っては、何をしたかすら覚えていない。時間の経過とともに古ぼけていくはずの記憶の方が、僕のなかで圧倒的に存在感を放っていたわけです。

その事実に気づいたときに思ったのは、「現実的にやりたくない選択をしないといけない大人」になって縮こまっているということ。逆に小学校時代、自分が輝けていたのは、飯を食えるかどうか、まるで意識していなかったからだったんだなと。

目が爛々と輝くテーマはお金にならない。心のブレーキとなっていたそんな固定観念を払拭してくれたのが、シェアハウスに同居していた友人(A君)の存在です。起業家として3つの会社を経営しているA君はマッドサイエンティストそのもの。子どものように目を輝かせながら、変態的なことを寝食を忘れて没頭できることに驚愕したんです。彼に対するコンプレックスゆえ、真似ばかりしている時期もありました。

彼を筆頭にまわりの人を見ていて思ったのは、中二病を追い求めることこそが未来を創っていくということ。「誰かのために」ではなく、「自分のために」生きることなくして、目の輝きは生まれないなと。

それも手伝って気持ちに火がつき、インタビュー直後から「自分史」を書き出して以来、どんな些細なことーーたとえば「どうしてかはわからないけれど、鈴が好きだった」というようなことーーでも昔のことを思い出したらメモをとる習慣をつけました。潜在記憶のまま二度と現れなくなるのは避けたいと思ったからです。

じゃあ自分を解き明かしたところで何を得られるの、という疑問はなきにしもあらずだけど、自分の目が輝いている未来と間接的に繋がっていると僕には思える。

・人に認められたい(よく知っている人に認められたい)
・新しいもの(AI関連)に触れたい
・普遍性のあるものを作りたい

いまは、書き出した記憶の中から絞り出したキーワードをもとに、トンネルの出口に向かって進み始めているところです。

インタビューを受けて、自分史を書き出してから4,5ヶ月が経った今も正直、自分が何をやりたいのかはまだわかっていません。具体的な職業までは落とし込めていません。転職先として考えていたベンチャー企業(AI関連事業)の社長から「あなたはまだ自分探しをしている途中。迷っているようにしか見えない」という手痛い指摘も受けました。

でも、それもたぶん一つのプロセス。自がやりたいことを考えるようになった、考え方がわかるようになったという点では大きな変化です。インタビュー以来、いたずらに時間を過ごしたり、現実逃避したりするようなことは一切なくなりました。AIの研究には欠かせない数学&プログラミングの勉強にも、付け焼き刃ではない姿勢で取り組めています。そのぶん身体や精神は疲れるけれど、人生の充実度は10倍以上。いまは、人間は何にでもなれる、という自信を持って生きられていますから。

※ 本人インタビューより筆者構成

高本泰朗さん

シューズメーカ―代表取締役社長・40代

すこし前から、今後は過去の話より未来の会社の話を聞いてくれる取材を受けたいなぁ…と思っていたので、とてもいい機会になりました。これでひと区切りついた感じです。

記事が公開された後、講演やインタビューの依頼があると、必ず「まずこれ(中道さんが書いた記事)を読んでください。その上で聞きたいことがあればお話します」とお伝えしています。名刺代わりになる紹介文として重宝しているんです。

この取材は、ちょうどいい人生の棚卸しにもなりました。過去を振りきって未来のことばかり考えられるようになったからです。否定して遠ざけるでもなく、酔ったり浸ったりするのでもなく、未来を築く材料として、昔の自分とはいい距離感を保てるようになったかなと感じています。

とはいえやっぱり、人間は忘れていく生き物だから、たまに読み返して(自身の軸や原点を)思い出しています。そうやって立ち返る場所があるというのはいいですね。将来、息子が30歳くらいになって困ったり悩んだりしたときに読んでほしいなと思います。

中道さんの文章が心に響いたというのも、洗いざらい話した理由のひとつです。僕の心を表現してくれていること、言葉をちゃんと拾ってくれていること、好きな文章表現がいくつかあることもよかったですね。ありがとうございました。

※ 本人インタビューより筆者構成

田中誠司さん

舞踏家/整体師・30代

「今を生きるために、過去を終わらせる」

もし、自分の人生が一本の映画だとしたら、今ごろ全体のどのあたりなのだろう。もしかしたら、もう殆どの見せ場は終わってしまって、後は単調な終盤があるだけなのではないだろうか。今まであまりにも多くの出来事があった僕は、いつしかそんな風に思うようになっていました。

しかし、自分の語った言葉を改めて読み、今までの人生を俯瞰で見た時に思ったことは、我ながらなんて落ち着きのない人生なんだろうかということと、僕の人生は終わりに近づいているのではなく、実は、三本立ての映画の一本目がようやく終わったところなんじゃないかということでした。

人より生き急いでいたと思っていたのは勘違いで、実は誰よりも遅かったということです。これは自分にとっても驚きでした。

それから、このインタビューを受けてから、僕は過去を振り返ることが少なくなったように思います。それまでの僕にとっての過去とは、その時々の心理状況により書き換えられる曖昧なものでした。そのため、いい意味でも悪い意味でも、過去の記憶に現在の自分が影響されることが多かったように思います。

しかし、中道くんに過去の時間を一つの文章として残してもらったことによって、過去の記憶を、振り返る度に変化する曖昧なものとしてではなく、過去を過去として、ある種客観的に見つめることが出来るようになった気がしています。

過去を定点観測することで、人は現在の時間にピントを合わせることが出来る。
それは、過去に引っ張られる今ではなく、今を生きるための過去にするということではないでしょうか。

自分に起こったどんなに辛い出来事も、それが映画の主人公が体験した大事な試練だと捉えれば、面白かったりする。乗り越えなければならない問題を抱えていないヒーロー、ヒロインなど存在しないからです。試練は映画にとって最大の見せ場であり、作品そのものに生命を吹き込みます。しかし、人生をそのように捉えるためには、一度、過去の出来事を現在と引き離し、客観的にすることが必要です。

人は、語ることによって、前に進めるのかもしれない。もちろん、行きつ戻りつを繰り返しながらだけども。そして、また、語ることによって、理解し、決別し、許されていく。それらは、まさに生きることを肯定していくプロセスに他ならないのではないでしょうか。

「今を生きるために、過去を終わらせる」

人生は三本立ての映画と同じ。一本目が終わらないと、二本目は始まらない。そして二本目が終わらないと三本目は・・・

僕の人生は、まだ、あとまるまる二本もあるのです!
それはいったいどんな映画なんだろうか?
そう考えると、俄然、人生が楽しくなってきました。

中道くん、次のインタビューは30年後、先日産まれた息子が30歳になったら、またお願いします。
その頃には、僕の二本目の映画も終わってるかな?

最後に、僕の一本目の人生の物語を共に見つめてくれた中道くんの眼差しに深く感謝しています。
語ること、聴いてもらうことが持つ、根源的な力を、あなたから教わった気がしています。
ありがとう。

前田有歩さん

写真家・30代

読ませていただきました。深い感激に包まれております。一つずつの文章は、普段思っていることの断片であるのですが、この構成された文章にしていただいて、自身の心の変遷や、変わらない部分の心というものがとても意味あることとして捉えることができました。

そして、自身では今まで特段取り上げる必要を感じなかったエピソードも織り込まれていることで、表現者との信頼を強固にするバックグラウンドを丁寧にまとめていただいた印象を持ちました。

ありがとうございました。

庄司 樹さん

林業・30代

ぶれそうな自分を修正するいい機会になったと思います。日々の暮らしでたまに自分の目指すべきものを見失いそうになるけど、一つのシンボルができた気がします。目指すものより「どういう人生を送ってきたからこれを目指す」ってことが意外と大事なのかなと感じました。