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2019.9.28

ガラスが好きになる本『大阪硝子産業史』

先日、ライターとして制作に携わった『大阪硝子産業史』が完成した。タイトルどおり、大阪のガラス産業の歴史を記述した本である。と聞くと硬い印象を持たれるかもしれないが、一部の愛好者向けの内容ではない。主に大阪硝子工業会という業界団体に所属している企業(約25社)をビジネス誌の特集記事のような形で紹介するなど、一般にも親しめる内容になっている。自分で言うのも何だが、ガラスが好きになる本だと思う。

思えば、2017年に取材を始めた頃の僕は、ガラスについて何も知らなかった。大阪硝子工業会という団体の存在も、そこに所属しているどの企業も、大阪のガラスづくりの歴史は江戸時代に遡ることも、まるで知らなかった。

そもそも30年ちかく生きてきたなかで、ガラスに対して特別な興味を抱いたことはなかった。 「重い」「割れて怪我する」というネガティブなイメージを持っていたくらいで、好んで使いたいと思ったこともない。要するに、ガラスは無機質な「物体」でしかなかったのだ。

だが、そんな認識は取材を重ねていくうちに変わっていった。ひとつは、ガラスがいい素材だと知ったからである。

「耐熱性、耐薬品性、光学特性(透明度)がすぐれていて、かつ、その特性が経時劣化しない」「ペットボトルやチューブも進化を遂げてきているが、保存性ではガラスに遠く及ばない」「扱いの難しい薬品ほど、安全性、気密性、耐薬品性にすぐれたガラス容器が求められる。だから、医薬品分野からガラスが消えることはない」「どんな素材もガラスの透明感や美しさには敵わない」……。

新しい知識を得たことでガラスに対する見方は変わったが、ネットで調べられる情報であり、雑学のひとつにすぎないとも言える。これだけなら、ガラスに愛着を持つまでには至らなかっただろう。

やはり、会社の社長や社員の方にお会いして話を聞くなかで、人が生きていることを感じられたことが大きい。

2代目の社長になってから業績が低迷していたが、創業者の娘が社長になったとたん、業績はV字回復した……。1970年代半ば、入社後早々に「ガラス屋辞めんといてね」と言われた……。1990年頃、「ガラスびんのリサイクルを推進すべき」と会議で発言したら「気が触れたのか」と嘲笑われた……。

そこには、企業のホームページや沿革からは浮かび上がってこない物語があった。目で見て、耳で聞いて、肌で感じなければわからない“生”の情報に価値があることを改めて感じた。

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光もあれば影もある。樹脂素材の台頭などにより、試練の時を迎えたガラス市場は徐々に縮小してきており、転業、廃業した会社は十指にあまるほどあるという。長年、ガラス製品メーカーにガラスの原料を納入してきた方からは「ようけ不渡り(手形)を食らわされましたわ」という嘆き節も聞いた。

今も予断を許さない状況が続くガラス業界だからこそ、生き残っているという事実に、大きな意味があるのだと僕は思う。現存している会社はきっと、商売道具、飯の種だけではない何かをガラスに見ているのだ。

逆境において生きる道を模索する過程が、オリジナリティを生み、物語を紡いでゆく。その物語が誰かの心に届くように、執筆作業を進めていった。シェフが素材のみずみずしい味をそのまま客に届けたいと思うように、僕も取材した会社や人の魅力を損なうことなく、読者に届けたいと思っていた。

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この取材を通してガラスのファンになってからというもの、僕は暮らしの中にガラス製品をなるべく取り入れようと思いながら生活している。ペットボトル入りよりも割高だが、ガラスびんに入った醤油を使うようになったのも、この取材を経験したからだ。

選択肢が溢れていて、かつ、それを自由に選択できる時代は、ふだん食べているものや使っているものの大部分が「誰がどう作っているかわからない」時代である。もののありがたみを実感しにくい時代でもある。そんな現代において、空になったガラスびんが捨てづらいという心情を抱けることは幸福かもしれない。

影の部分を知ってもなお、ガラスに夢とロマンを−−などという甘い戯れ言をのたまうのは憚られるところもある一方、いちファンとして夢を見たいという気持ちも拭い去ることはできない。この本を読んだ人が、ガラスに対してすこしでもいいイメージを持つきっかけになればうれしい限りである。

 

※ 大阪硝子工業会が主催するセミナーでもご報告させていただきました。

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