ライフストーリー

公開日 2015.5.19

Story

「踊ることによって、まちがいなく僕は幸せになったんです」

舞踏家 / 整体師 田中 誠司さん

感動したわけではない。怖かった。ただひたすらに怖かった。いや、かろうじて怖いという意識があっただけである。自分が今、何を感じているのかもはっきりとはわからなかった。唯一自覚できたのは、自分はここにはふさわしくない人間なんだ、という思いだけだった。

帰宅後、偶然その場に居合わせていたという、とある著名人のブログを読み、誠司は目の前にいた二人が大野一雄とピナ・バウシュだと知った。

もしかしたらおれは、歴史的瞬間を撮ってしまったのかもしれない……。彼らのことを調べれば調べるほど、自分が撮ってしまった写真の意味の大きさを感じるのだ。すごく無礼なことをしてしまったんじゃないか……。現像した写真を見て、誠司はさらに空恐ろしくなった。

打つべき手がわからない誠司の頭には、ピナのことを教えてくれた友人の顔が浮かんだ。助けを求めるかのように、「Pina kissed to the old dancer」という言葉を添えた写真を彼に送った。

彼とはよく、手紙のやり取りをしていた。いつもならば、2、3日もすれば返事が返ってくるのに、1週間経っても返事は来ないのだ。怒っているのだろうか……。不安を覚えながら過ごしていた誠司のもとに返事が届いたのは、10日ほど経ってからだった。

「親愛なる田中くんへ

田中くんから手紙が届いた前の日の日記を以下に記します。
『明日、田中くんから光の写真が届く』」

驚きはそれにとどまらなかった。
「僕はピナ・バウシュが大好きだから、5日間すべて席を予約していました。

だけど、直前になって、最終日だけ予定ができてしまい、キャンセルしました」

あの日、13,000円の席をキャンセルしたのは彼だったのか――。まったくの偶然である。誠司が予約の電話をかけていたまさにその時、彼はどこかで同じ番号に電話をかけていたのだ。

この話にはまだ続きがある。

誠司と同じように、何か運命的なものを感じたのであろう。大人になってからダンスを始めた彼は、ダンサーという夢に本格的に挑戦することを決意したらしい。ピナの公演後、数ヶ月と経たないうち、彼はパリの芸術学校に通うため、フランスへと旅立っていった。

出発前、誠司は彼に例の写真をもう1枚手渡していた。ピナはドイツ人である。同じヨーロッパにいるなら、どこかで彼女と会う機会があるのかもしれない……。奇跡を信じているわけでもなかったが、かすかに期待する気持ちが胸にあったことは事実である。

3ヶ月後。彼から手紙が届いた。

パリの生活を楽しんでいる様子が伝わってくる導入から、内容は本題へと移っていく。
〈昨日、お気に入りのカフェに行きました。

隣にとても素敵な女性が座ったので、僕は話しかけました。
「Hi! Pina」

もちろん僕は毎日、田中くんの写真を持ち歩いているので、彼女にその写真を手渡して、田中くんのメッセージを伝えました。
『僕はこの写真を許可なく撮りました。あなたを傷つけてしまったんじゃないか、と思っています。もしそうであれば、心から謝りたいです。ごめんなさい』

すると、彼女はその写真を黙って見つめてこう言いました。
『こんな素敵な瞬間に、「写真撮っていいですか?」と訊く方がおかしいわ。私は全然怒っていない。これは私の生涯の宝物です。心からありがとう、と彼に伝えて』
そう言って、彼女はハグしてくれました――〉

どぉーーーー。誠司の身体を、激流となった正体不明の感情がほとばしっていた。写真がピナに届いただけではなく、メッセージまでくれたのだ。何が起こったのか、瞬時には理解できなかった。

ならば、今度はおれがこの写真を大野先生に届けなければならない――。気持ちは逸った。横浜に稽古場があるのはわかっていた。しかし、行動を起こす勇気は湧いてこなかった。

高い壁に囲まれた要塞のような建物の中で、白塗りのスキンヘッドの人たちが、さながら修行僧のように踊りを踊っているんじゃないか、めちゃくちゃストイックで厳しい前衛集団のなかに、無断で撮影した写真など持って行こうものなら殺されてしまうんじゃないか……。むろん、誠司の想像が作り上げた虚像である。だが、そんな情景を思い浮かべるたび、怖ろしさに誠司の心はすくんでしまうのだった。

結局、その写真は1年以上、誠司の部屋から出ることはなかった。誠司は、カムバックどころかパワーアップした飲んだくれとなり、再びもとの静かに流れる日常へと身を沈めていったのである。27歳になる冬だった。

 

たぐり寄せた出逢い

といっても、ただ現実から逃げていたわけではない。

自身を投影した主人公に正直に語らせよう。現実と理想のはざまで苦しんでいる情けない自分をありのままさらけ出させよう。そんな映画ができれば、何人かは共感してくれるんじゃないか――。すでに書き始めていた、現代の若者が抱える苦悩をテーマとした映画の脚本に、誠司はピナと大野一雄の写真をめぐる物語を取り入れた。

だが、辛さのあまり何度吐き気を催したことかわからない。自分がいかに人を傷つけていて、卑怯なのかを繰り返し突きつけられるのだ。第一、主人公には魅力がない。この映画を世に出したら、世界じゅうの人々が主人公を嫌いになるかもしれない。それが自分なのか。でも、自分だけは彼を見捨てることなく、否定することなく、かといって変な肯定もすることなく見つめよう――。やっとの思いで、誠司は2年かけてその脚本を完成させたのだった。

このままではいけないことはわかっていた。ただ、フォアグラの自尊心は相変わらずである。助監督になった自分を想像するたび、誠司は恐怖に襲われた。自分が通用するかどうかわからない新たな世界に入っていくことで、また新たな傷を負うのが怖かった。内弁慶になることが、トラウマだらけの自身を回復する術だった。

誠司の胸中ではしだいに危機感が募っていく。これで人生終わるなら、死んでもいい――。勇気を振り絞った誠司は、思い切った行動に出た。数年前、ワークショップで関わりを持った是枝監督に手紙を書いたのである。27歳の夏だった。
「映画と本気で向き合いたいと思っています。僕は今、ここで逃げてはいけないような気がしているので、どんな下っ端でもいいですから、紹介していただけませんか? 一度ご相談に乗っていただけないでしょうか?」

手紙を出してから2、3日後。知らない番号から電話がかかってきた。
「是枝です」そう名乗る声を聞くやいなや、誠司の心臓は跳ね上がった。
「手紙読んだよ。ま、一回、話聞くよ。明日14時、大丈夫?」

鼓動が鳴り止まぬうち、会えることが決まった。

監督は『誰も知らない』(04年公開)の撮影で忙しい身であったろう。にもかかわらず、打ち合わせの合間か何かに、ゼミの一生徒だった自分に時間を割いてくれた――。喜びに胸を震わせながら、誠司は「助監督になりたいです」と抱負を語った。

是枝監督からは間髪入れずに、思いがけない答えが返ってきた。
「あのねー、田中くん。世の中には助監督に向く人と向かない人がいるのよ。助監督をやった方が監督になれる人と、すぐに監督をやった方がいい人がいるんだよ。僕もそうなんだけど、田中くんは助監督に向かない。監督をやった方がいい。もしいい企画や脚本があるなら、出資してくれる会社とかを紹介してあげるから、脚本と田中くんのプロフィール、思い描いているキャストを書いて送ってよ」

嬉しさのあまり、誠司はその場で「キタ――――!」と叫び出したい気持ちだった。映画監督としての成功を約束されたような気分になった。2年かけて書き上げた脚本も出番を待っているのだ。

主演、つまり俺の役は峰田和伸、恋人役に尾野真千子、恋のライバルである元彼役に加瀬亮……。後日、何度も推敲した脚本とともに、誠司は企画書をポストに投函した。

当時の自分なりに、2年間、命をかけて行ってきた作業である。毎週水曜日、肉体労働のバイトを終えた後、映画制作の仲間と喫茶店で開く会議も絶やさずにやってきた。これで現実が動いて、ふがいない暗黒時代とおさらばできるはず。俺は今、スターダムに駆け上がる階段に足をかけたんだ。どうだ、見たことか――。

再びポストの中を確かめる日々が始まった。

今頃、俺の脚本はプロデューサーに手渡されているかな~。ゴーサインが出て、制作費について話し合われているかもしれない。どうしようかな、トントン拍子で行ったら。来年のカンヌ…はまだ間に合わないか――。バラ色の未来を夢想するたび、頬は自然と緩んでしまうのだった。

誠司は、その高揚感を誰かに伝えずにはいられなかった。
「映画監督なんですけど、来年、一応、加瀬亮くんとかに出てもらう映画の準備中みたいな感じですね」

飲み屋で会った人から身の上を尋ねられたときには、思わずそんなことを口走っていた。一度口にしたが最後、もう元には戻れないのだ。まるで動いていない現実をはるか後ろに置き去りにしたまま、誠司の妄想は突っ走りつづけていた。

だが、待てど暮らせど、返事は届かない。どのくらい待ちつづけただろうか。期待とは裏腹にびくとも動かない現実。その作品が評価されるものかどうか、冷静に判断する目を持つ余裕など、当時の誠司にはなかった。
「内容がひどかったんでしょうね。まぁそれはそうでしょう、死に損ないが悪あがきで作った、肥大化した自意識の物語でしたから。たぶん、是枝さんはプロデューサーに見せることなく胸にしまったと思います(笑)」

妄想という最後の命綱が断たれた後、誠司を襲ってきたのは紛れもない現実だった。

映画を口実に、アルバイトもほどほどにしかやらず、空いた時間は現実から目を背けるために酒に溺れている自分。家賃や電気料金のみならず、酒代をも親からの仕送りでまかなっている自分……。その時はじめて、自身が深い井戸の中に独りぼっちでいることを誠司は思い知ったのだった。

そんなある日。誠司は、大野一雄が取り上げられているNHKのドキュメンタリー番組を観た。100歳を目前に控えた彼。1年半前、劇場で会ったときより一段と老いていることが一目でわかった。

まずい、もう間に合わへんかもしれへん……。誠司はにわかに芽生えた焦りに駆られた。どういう風にあやまろうか。ふさわしい台詞をあれこれと思い巡らせりもした。

とはいえ、相手はNHKで特集されるような人物なのだ。そんな人に、1年半前に許可なく写真を撮ってしまいました、なんて言えようか。恐怖と焦りが、誠司の心では拮抗していた。

だが、間に合わなければ一生後悔するかもしれないのだ。怒られても殺されてもいいから、電話をかけよう。気持ちは吹っ切れた。用意した台詞なんて通用しない。人が人に出会うんだ。頭を真っ白にした状態で臨もう――。そう決めた誠司は、心を鎮めながら、大野一雄舞踏研究所に電話をかけたのだった。
「はい、大野です」

途端、頭は真っ白になった。頭を真っ白にしようという意識はどこかへ吹き飛んでいた。もはや、自分がかけたのか、向こうからかかってきたのかもわからなくなっていた。
10秒ほどの沈黙があっただろうか。絞り出すようにして思いついたオールラウンドな言葉を誠司は口にした。

「こんにちは」

電話口からは、同じ言葉が返ってきた。その声のなんと優しかったことだろう。声の主が息子の大野慶人だとわかったのは後になってから。ひとまず安堵を覚えた誠司は、先方に謝意を伝えた。
「全然、そんなことを謝られる必要はございません」と、相手は言った。
「いや、ほんとに電話するのに時間がかかってしまって申し訳ありません。もしご迷惑でなければ、直接写真をお持ちさせていただければと思うのですが?」
「そんなご足労いただいて申し訳ないです。いつでもいらしてください」

翌日、額に入れた写真を手に、誠司は研究所を訪れた。

研究所の隣には、大野家の自宅があった。要塞かと思いきや、ごく普通の民家である。誠司はまず、台所へと通された。

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