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コミュニケーションの極致であろうテレパシー能力を獲得することが、僕の人生におけるひとつの目標である。というと怪しまれるかもしれないが、僕はいわゆる霊能力や超能力といった類のものとは一切縁のない人生を送ってきた。それを目標にする、というより、自分の潜在意識の中にあったものを意識化するきっかけを与えてくれたのが、ひとりの女性である。

人生はドラマで、自分はそのドラマの主人公なんだ、とよく言われる。人によってそのドラマ性には違いがあるだろうが、自分の人生にドラマ性があるのかどうかを問うのではなく、ドラマを視聴する立場で捉えてみるといいのではないか…

個々の自由や自主性が尊重されるにしたがって、ワンマン経営やトップダウン型の組織が否定的に見られる風潮が出てきたのはいつからだろう。個人の「働きがい」や「生きがい」にスポットライトが当たるのにともなって、各々に裁量が与えられる会社が「いい会社」だと言われるようにもなった。果たしてそうなのだろうか?

5年ほど前に、自費出版で本を出したことがある。内容を一言で説明するなら、山形県西川町という小さな田舎町で暮らす人びとのインタビュー集だ。僕がそこに身を置いていたときに直接聞いた話をまとめたその本は、これをきっかけに町を訪れる人が増えれば、と考えてつくったものでもある。

この話を聞いたとき、軽い衝撃を覚えた。否、それは、自分が立っている土俵が音を立てて崩れ落ちていく快感だったのかもしれない。脳内の隠し扉が開いたような感覚とも言える。4年ほど経った今でも、変わらないその感覚は「自分の経験や価値観で物事を判断するべからず」という戒めとなり、僕の胸に残っている。

「心の豊かさ」ほど、定義があいまいな言葉はない。行き過ぎた現代文明に対立する田舎での自給自足的生活や「足るを知る」精神を礼賛、肯定するニュアンスでよく使われる言葉だが、少なくとも僕は、そういった部分で「心の豊かさ」を感じられない人間である。